『 愛しい気持ち 』コトコトコト・・・。 お鍋の煮える音。 「・・・んっ、よしっ!うまく出来たみたいだ」 お味噌汁の味をみていた皿を置いて言う。 火を止めてエプロンを外す。 「さぁ次は・・・」 チラッと時計を見ると、あと少しで7時を指そうとしている。 寝坊なだんな様を起こしにいく時間。 そう、毎朝の習慣。 ボクたちの朝はこれで始まる。 「おはよう・・・」 まずは声をかける。これで起きるわけがないんだけど。 でも、やはりクセというものは抜けきらないのか、彼−隊長は少し鼻にかかった声を出した。 「ん・・・」 でも、すぐ意識を手放してしまう。 ボクはもう少し大きな声を出してみる。 「おはよう、隊長」 「ん〜・・・ん・・・」 さっきよりも反応したけど、よほどいい夢を見ているのか、彼はシアワセそうな顔をしたまま再び夢の中へ。 そんな子供みたいな反応がおかしくてボクは思わず笑ってしまった。 「ふふっ・・・ほら、隊長。もう朝だよ?今日は大事な用があるって言ってたじゃないか。起きなくていいの?」 さすがにずっと笑っているわけにもいかず、ボクは隊長の体を揺さぶった。 これではさすがの隊長も起きないわけにはいかないだろう。 隊長は目を閉じたまま、ん〜っ、とうなっている。よっぽど起きたくないらしい。 「ん〜・・・。・・・後5分・・・。後5分だけ・・・頼むよ」 いくら頼んでも今回ばかりはボクには通用しない。 ボクはにっこり微笑んで言った。 「ダメ。せっかくいい天気なのに。早く起きないと、予定が狂っちゃうよ」 困るのは隊長なんだよ?と暗に含ませた感じで諭す。 隊長がそれを聞いてまずい、と思ったのかはわからないが、とりあえず起きようと努力し始めたらしく、布団の中でもぞもぞと動き始めた。 「さぁ!!早く起きてご飯を食べよう?」 こう言えば隊長はきっと起きるに違いない、と思った。 現に隊長は起きようとしていた。 ところがその一言を聞くと、何を思ったのか隊長は起こしかけていた体をまた布団に突っ伏した。 「た、隊長!起きるんじゃなかったの!?」 あせったボクは隊長の体を揺らす。 その手を隊長が不意に取った。 <あ、なんか嫌な予感> こんな予感はめったに、と言っていいほど外れないもので。 「・・・レニがおはようのキスをしてくれたら起きるよ」 隊長はにんまりと笑って言う。 な!? うすうす感ずいてはいたものの、口に出されると恥ずかしいのはどうしようもない。 ボクは自分の顔が熱くなっていくのを感じていた。 「〜〜〜っもうっ!そんなこと言ってないで起きてるんだったら早く起きて!!」 ボクは必死で隊長を起こそうとしたけど隊長はびくともしない。 「レニがキスをしてくれたら、今日も一日頑張れるんだけどなぁ・・・」 隊長はおおげさにため息をつく。 もう完璧に目は覚めている。 口元には軽い微笑。 ボクがいくら起きて、と言っても隊長は耳を貸そうとしない。 後から考えてみると、そんなにイヤだったのなら、そんな台詞を無視してしまえばよかったのかもしれない。 でも、このときのボクはそんな隊長のあしらい方をまだ確立してはいなかった。 とにかく起こさなきゃ、と思っていた。 隊長はボクの文句を徹底的に無視することを決め込んだらしく、涼しい顔をしてボクの様子を窺っている。 <・・・し、しょうがない・・・> 「わ、わかったから・・・、た、隊長・・・起きて・・・?」 ボクは覚悟を決めた。 そういった瞬間に彼の口元がさらに孤を描いたのは、この際見なかったことにする。 <〜〜〜〜っ!まだ、朝なのに・・・> 声に出さずにそんなことを思ってみても、結局彼には届かないのだが。 毎朝と言っていいほど繰り返されている、いい加減慣れてもいいようなこのやり取り。 でも、ボクは一向に慣れることなど出来なかった。 <よしっ!ほっぺでもいいよね?キスすることには変わりないんだし・・・> ボクはそう決意すると、うるさく鳴る心臓を感じながらゆっくり隊長の顔に近づいた。 <は、早く終わらせよう!!> そう思っているのに、緊張してなかなか踏み出すことができない。 いつもキス・・・とかしてくるのは隊長の方だったから、ボクからすることはあまりない。 唇が震えてくる。 <キ、キスすれば終わる。キスすれば終わる> ボクは何度もそう言い聞かせてようやく隊長の頬に唇を近づけた。 この時、恥ずかしくて目をつぶっていたのがいけなかったのかもしれない。 ちゅ。 <!?> 頬にしたつもりだったのが、明らかに頬とは違う感触にボクは思わず目を見開いた。 その瞬間、目の前にあったのは端正な凛々しい隊長の顔だった。 隊長はボクの口に軽いキスをすると、ニッコリと笑って、ん〜っと伸びをした。 ボクはへたんとその場に座り込んでしまった。 まともに物が考えられなくなっていた。 隊長はそんなボクを尻目にベッドから抜け出すと、さわやかな笑顔で、 「さぁ、レニ。朝ごはんだろう?行こうか」 と言った。 まるで何事もなかったかのようなさわやかなその顔で、ボクは意識を戻した。 <〜〜〜〜〜っっ!!!ずるい!!!!!> 顔がどんどん赤くなる。 <絶対ゼッタイわかっててやった!ボクがほっぺにキスするって絶対わかってた!!> 口なんかにするつもりじゃなかったのに。 隊長のさわやかな笑顔が意地の悪い笑みに見える。 それよりなにより憎たらしいのは。 ボクがこんなに動揺してるのに、隊長はちっとも動じてないっていうことだ。 ずるい。 ボクはいっつも隊長に驚かされて、ドキドキさせられて・・・。 なのに。隊長は全然動じている風を見せない。 本当に。憎たらしいことこの上ない。 でも。 「・・・ふふっ。そうだね。お味噌汁が冷めちゃわないうちにね」 笑って許せてしまうのは、愛しいっていう気持ちがあるからかもしれない。 この人のことが。 素直に、愛しいと。 思えるから。 ボクは伸ばしてくれた隊長の手をとると、まだ少し赤い頬を押さえながら、隊長と並んで台所に向かった。 |