『 梅雨の日 』今年の梅雨は長くなりそうだ・・・。そんなことを先ほどから窓ガラス越しに見える曇天に思いながら、レニはサロンで、一人読書していた。 今日は幸い休演日。だが、一人として外に行こうとはしない、理由は言わずもがなである。 下の厨房にはさくらとマリアがいる。なにやら、涼しげなデザートを作るらしい。 図書室にはアイリスと紅蘭がいる。かえでさんから出された宿題をやるためと、その付き添いである。 音楽室には織姫とカンナがいる。明日の公演の幕間に流す曲を探すらしい。 かえでさんは事務の人たちと事務室に居る。 で、ボクはこうしてサロンで読書している。休演日なのに一人も外に出ていない。ただ一人の例外を除いて…。 「じゃぁ、お願いしますね大神さん。」 「すいません、隊長。」 「ありがとう、おにいちゃん。」 「ほな、よろしゅう大神はん。」 「よろしくで〜す!」 「頼んだぜ、隊長。」 「よろしくね、大神君。」 さくらからくず粉、マリアから粉ゼラチン、アイリスに(ご褒美の)飴、紅蘭からネジ、織姫からレコードケース、カンナからレコードの替え針、かえでさんから事務用品・・・。(自分の用事のほかに)買出しを頼まれて大神が出てから、早くて一時間が過ぎていた。 「・・・せっかく休みなのに。」 窓を見ながらぼやいてみる。ここで言っても意味がないことはもちろん分かっているが、言わずにいられなかったのである。カップから、前口をつけたときよりまたぬるくなっている紅茶を飲み、また本に目を落とす。 ぱたぱたぱた・・・・ いつの間にか眠っていたらしい。何の音かと思いあたりを見ると、窓ガラスを叩く雨の音だった。また紅茶を飲もうとして、レニははっとした。 「隊長、傘もってったっけ?」 時計に目をやると、一時間が過ぎていた。大神が帝劇を出て都合二時間が経っていることになる。思えば、大神が出て行くときはまだ薄日がさしていた。翳ってきたのは出て行ってしばらくしてからである。 「しょうがないな。」 口調とは裏腹に微笑を浮かべながら、レニは外へ出る準備をはじめた。 「まいったなぁ・・・。」 出るときにマリアやかえでさんから言われたけど、こんなに時間くうとは思ってなかったしなぁ・・・。そんなことを思いながら、降りしきる雨に目をやりながら大神は商店の軒先で雨宿りしていた。 自分の用事は早めに済んだのだが、いかんせん花組の買出しに時間を取られ、気付けば外はバケツをひっくり返したような状態になっていた。今は、先ほどより小降りに放っているものの、両手一杯の荷物を濡らすわけにはいかず、雨宿りしていた。 道行く人もまばらである。通りを見渡しながらぼやくしかすることがなかった。 「こんなことなら、レニとゆっくりしてればよかったなぁ。」 「誰とだって?」 返事が帰ってくるとは思ってなかった大神は、急いで振り返った。 「はい、傘。荷物片方持つよ。」 「レニ!もしかして、迎えに来てくれたのかい?」 傘と荷物の軽い方を交換して持ち替える。 「・・・まぁね。じゃぁ帰ろう。」 二人で雨中の銀座を歩く。見慣れた風景が、ヴェールに包まれたようで幻想的に見える。 「悪いな、レニ。傘持ってきてもらった上に、荷物まで持たせて。」 「別にいいよ。」 笑顔で返してくれるレニを見ると、すこし申し訳なくなってくる。 「いや、レニと二人でゆっくりしてた方が良かったかな、と思ってさ。」 「たしかに、それもいいけど・・・」 少し困ったような笑顔でレニは続ける。 「いいじゃない、雨の銀座を散歩するのも。」 「そうかい?」 「うん、隊長となら楽しいよ。」 とびっきりの笑顔でレニは答える。 雨中の銀座で、そこだけ晴れ間がさしていた。 |