黒鬼会・京極を打ち倒してから約半年・・・。 ようやく平和を取り戻した帝都。降魔の活動は収まり、軍による不信な動きもない。人々はようやくいつもの生活を取り戻し、街にも活気が戻っている。帝国華撃団も帝国歌劇団となり、舞台に明け暮れる日々を送っていた。 けれど、最近になって、回数や個数は減ったものの、時折降魔が出没しはじめた。 再び京極のような敵が現れたかという危惧もあったが、夢組や月組の調査により、そうではなく、自然に出現したということだった。 自然に、というのもおかしなものだが、もともと降魔というものは、人々の負の感情が集まった怨念。人間が存在している限り、負の感情は必ず存在し、それが積もり、いつしか降魔となる。花小路伯爵の言葉を借りるならば、「光ある場所に必ず闇は存在する」という所であろうか。 降魔に太刀打ちできるのは、強い霊力を持った者だけ。そして、降魔などの魔のものを倒すために、帝国華撃団・花組は存在する。 何ヶ月ぶりかの出陣。ブランクはあれど、数匹の降魔はいともあっさりと闇に葬られた。けれど、この戦いのおかげで、乙女達は再び戦闘と隣り合わせの生活をすることになってしまった。 仏蘭西・巴里へと留学した花組隊長・大神一郎に会いに、夏、全員で巴里へとでかけるという話も中止となり、結局、3組に分けて大神に会いに行くという形になった。 「アイリス・・・みんなで行きたかったなぁ」 最年少アイリスは、つまらなさそうにぽつりと呟いた。巴里行きが決まった時から、レニと買い物に行ったり、遊びに行くのを楽しみにしていたのだ。 「仕方ないよ。帝都を守るのが、ボクらの仕事だもの。それに、隊長も苦労をしているみたいだし・・・どちらかをやめにするなんてできないから」 「そうだけど・・・」 「もし、今度巴里にいけたら、一緒にいろいろなところに行こうよ。ボクが案内するから」 「・・・ホント?」 「うん。だから・・・隊長に伝えて。帝都は大丈夫だからって。がんばってって」 「うん、わかった。アイリス、絶対にお兄ちゃんに伝えるからね」 小指を絡めて指切りをし、アイリスはさくら・すみれと共に笑顔で旅立っていった。それを港で見送って、レニは帝劇へと戻ってきた。 「おかえりなさい、レニ。見送りご苦労様」 「ただいま、マリア」 ロビーで出迎えてくれたのは、マリアだった。さくらたちの見送りに行っている間にもしものことがあっては困るということで、レニが代表で見送りに行って来たのだ。 「降魔の動きは?」 「今のところはないわ。とりあえず・・・一安心ね」 そのまま、食堂に歩いていく。レニを座らせ、厨房から二人分の温かい紅茶を持ってくる。 「ありがとう・・・他のみんなは?」 「カンナは鍛錬質。紅蘭は地下の格納庫。織姫は・・・」 マリアが言いかけたとき、レニが軽く唇に人差し指を当てた。しばらくそのままの状態で動かない。 「・・・音楽室でピアノを弾いているみたいだね」 「・・・正解よ」 微かに聞こえる程度だったが、確かにピアノの音が聞こえる。おそらく、音楽室のドアが少し開いているのだろう。普段は、防音設備がされているため、こんな所までは聞こえないはずだ。 「みんな・・・羨ましいのね。一番最初に隊長に会えるさくらたちが。何かしていないと気がすまないのよ」 「順番なんて関係ない。もう少しすれば、会える。ボクはそれで・・・」 レニの言葉を遮り、警報音が鳴り出した。ほとんど反射的に立ち上がる二人の耳に、かすみの声が聞こえてきた。 『花組隊員は、直ちに作戦司令室に集合して下さい。繰り返します。花組隊員は・・・』 「行こう、マリア!」 「ええ!」 二人同時に駆け出す。シューターのところで、織姫と会った。 「また降魔が出たですかー!?」 「おそらくね!」 「全く・・・しつこい奴らですねー!」 そうはき捨てるように言って、織姫はシューターに飛び込んだ。間髪入れずにレニが、そしてマリアがシューターに飛び込む。瞬時に戦闘服へと早変わり、着地するとすぐに駆け出した。司令室には、すでにカンナと紅蘭の姿があった。 「・・・帝国華撃団・花組、全員集合いたしました」 全員の姿を確認した後、隊長代理のマリアが口を開いた。それに軽く頷いてみせるのは、軍服姿の米田だ。 「先ほど、浅草周辺にて妖力が確認された。月組からの調査で、それが降魔だと判明した」 「・・・敵の数は?」 「今回は7体よ。ただ、出現地が集落の近くであるということと近くの神社で縁日が行われていたために、未だに避難が完了していないの」 レニの問いに、かえでは眉を寄せながらそう答えた。 「わかりました。それでは、降魔を迎撃しつつ、市民を保護すればいいわけですね」 「そうだ。ただ、今回はおめぇたち5人しかいねぇ。さらに、避難しきれていない人たちがいるために、翔鯨丸での援護も不可能。・・・ちぃっと厳しい戦闘になりそうだが・・・頼んだぜ、マリア」 「はい!」 マリアが敬礼すると、残りのメンバーもそれに習った。 「帝国華撃団・花組、出撃!目標地点、浅草!」 「了解!」 『帝国華撃団、参上!』 大地に降り立つ色とりどりの5体の光武。目の前には、破壊活動を続ける降魔たちと、逃げ惑う人々の姿が。 「マリアはん・・・とりあえず、市民の安全を最優先せな」 「わかってるわ。紅蘭、織姫!貴方たちは市民を避難させて。カンナとレニと私で、降魔をひきつけるわ。避難が完了したら、こちらに合流して。それまで、持ちこたえて見せるわ!」 「わかったで!」 「了解でーす!」 「それじゃ、役割分担もできたってことで、戦闘開始といこうぜ!」 カンナの言葉を合図に、それぞれの光武が動きだす。 「敵は7体。なんとかしてこちらに注意をひきつけなければ・・・」 霊力を集中させ、ライフルを構える。人がいないことを確認して、一番降魔が密集している場所に狙いを定める。 「踊れ、死に至るダンス!シェルクーンチク!」 絶対零度を思わせる氷の銃弾が、一匹の降魔をまともに捕らえる。氷つき、身動きの取れなくなった降魔に、レニのランスが突き刺さる。その場にいた降魔たちの注意が、一斉にこちらに向けられる。離れた場所にいた降魔たちも、マリアの霊力を感じ取って、こちらに狙いを定めたようだ。 「いくぜえっ!おらおらぁ!」 そこへ、すかさずカンナが飛び込んでいく。霊力をまとった拳が、降魔の巨体を吹き飛ばす。 「くらえっ!三十六拳ぉ!」 カンナが放った必殺の拳が降魔に突き刺さる。地面に叩きつけられた降魔は、そのまま動きを止めた。 そのすぐ横では、正確無比な攻撃で、レニが降魔と対峙している。 「・・・ドリッター・・・ジークフリート」 レニの静かな呟きと共に、ランスに霊力がまとわりつき、それが衝撃波となって放たれる。側にいたもう一匹を巻き込んで、衝撃波は降魔を物言わぬ物体へとかえる。 「へっ、どうだい!あんまり人間を舐めるんじゃねぇや!」 「カンナ、油断しないで!」 「わーってるって!それよりマリア!避難はまだ終わらないのか!?」 「そうね・・・時間を取られているようだわ」 マリアは、紅蘭との回線を繋いだ。 「紅蘭、聞こえる?避難状況を教えてちょうだい」 「だいたいは済んだで!ただ、こっちにも2匹降魔が出現して・・・ウチと織姫はんじゃ攻撃力が低いさかい、手一杯や」 「なんですって!?市民は!?」 「そっちは大丈夫!月組が誘導してくれてるから、安心してや!」 「・・・そう。何とか持ちこたえられそう?」 「ウチかて帝国華撃団・花組の一員やで!何とかしてみせる!」 「そうでーす!私だっているですよー!」 突然、織姫が通信に割り込んできた。声だけ聞くと余裕そうだが、二人は中距離・遠距離を得意とする。接近戦に持ち込まれては不利なはず。その間合いを確保しつづけるのは、並大抵のことではない。 「・・・わかったわ。でも、無理はしないで!」 「わかってる。そっちも気をつけてや!」 プツ・・・ン、と通信が途切れる。戦いに集中するため、通信を切ったようだ。 「早く片付けないと・・・織姫たちが危ないわね」 「マリア!」 カンナの声に、マリアが反射的に機体を横に飛ばす。今までマリアがいた場所を、新たに現れた降魔の爪がなぎ払った。 「・・・そうたやすく終わらせてくれそうにないわね」 「現在、降魔は6体。そのうち2体が織姫たちと交戦中だとするなら・・・マリア、誰かを織姫たちと合流させた方がいい」 マリアの光武と背中合わせになるようして立ったレニが、そう提案してきた。 「織姫と紅蘭は間合いを取るのが難しい。それに、攻撃力も低い。2対2では分が悪い」 「・・・そうね。それじゃあ、カンナ!織姫たちと合流してくれる!?」 一匹の降魔と対峙していたカンナにそう呼びかける。 「おらぁ!わかったぜ!あっちを片付けたら、こっちに合流すればいいんだな?」 「ええ。お願い」 「まかせとけって!すぐに助けに来るから、やられるんじゃねぇぞ!」 「・・・大丈夫。心配しないで。マリアは、ボクが守る」 「レニ・・・」 「へへ、わかったよ。じゃ、頼んだぜ!」 降魔に止めをさすと、カンナの光武がそれを軽々と飛び越し、颯爽と姿を消した。残った降魔たちが、マリアとレニにねらいを定めて、低い唸り声を上げる。 「・・・数的にはこちらが不利だ。一気に片をつける」 「そうね。行きましょう、レニ!」 「了解」 マリアがライフルを撃ち、数体の降魔を足止めする。そのサイドから、一気に間合いを詰めたレニのランスが降魔を貫く。 「・・・Erst」 そう呟いたせつな、嫌な予感がレニの中にはしる。ランスを引き抜き、急いでその場を離れる。その瞬間後に、降魔の放った腐敗液がびちゃびちゃと嫌な音を立てながら地面に落ちる。 「レニ、離れて!」 マリアの声に間合いの外に出たレニの姿を確認して、マリアが援護射撃を行う。突然の別方向からの攻撃に、降魔は断末魔の悲鳴を上げて崩れ落ちる。 「これで、2体目!さあ、次は!?」 マリアが周囲を見渡すと同時に、背後から強い衝撃を受けた。何時の間にか背後に回りこまれていたようだ。 「くっ!?」 さらなる衝撃を覚悟したマリアだが、衝撃はなく、レーダーから降魔の反応が消える。一瞬「え?」となるマリアだったが、モニターを見て顔色を変えた。 「レニ!」 モニターには、降魔に馬乗りにされているレニの光武が映っている。どうやら、先ほどマリアの背後にいた降魔に体当たりをして引き剥がしたはいいが、逆に押さえ込まれてしまったようだ。 「・・・ぐっ!」 回線から、レニのくぐもった声が聞こえた。 「離れなさい!」 体制を立て直したマリアが、レニの光武に馬乗りになっていた降魔を蜂の巣にする。動きを止めた降魔を、レニが蹴って引き剥がす。 「大丈夫!?」 「・・・問題ない。マリア、来る」 残った降魔が一斉に攻撃をしかけてきた。それを何とかかわして、攻撃態勢を取ったレニのすぐ目の前に、降魔が振りかざした爪があった。 (動きを読まれた!?) 「くっ!」 反射的にランスを盾にして衝撃を減らそうと身構えるが、横からマリアのライフルが吠え、降魔は苦鳴を上げて仰け反った。 「・・・レイスト!」 レニの渾身の攻撃により、降魔は活動を停止した。その直後、再び氷の銃弾が炸裂し、もう一体の降魔も動かぬ肉隗と成り果てた。 「・・・ふぅ」 安堵のため息をついて、マリアは回線を開いた。 「レニ、大丈夫?」 「・・・それより、織姫たちは?」 「そうね、ちょっと待って。・・・こちらマリア・タチバナ。織姫、そっちの戦況は?」 「・・・ああ、マリアさん。今、カンナさんが最後の降魔にトドメさしたところでーす。紅蘭の機体がちょっち損傷激しいですけど・・・なんとか無事でーす」 「そう・・・よかった。こっちも今終わったところよ。何にせよ、無事でよかったわ」 「それじゃあ、今からそっちに向かうでーす。ついたら、いつものアレ、やりましょーね」 「ええ」 いつもの陽気な口調の織姫に、マリアは安堵の笑みを浮かべた。それから、光武のハッチを開け、外に出る。 「レニ、ケガはない?」 レニの光武に歩み寄り、そう尋ねる。答えの代わりにハッチが開き、中からレニがひらりと飛び降りた。が、着地に失敗したのか、レニの体が傾く。 「レニ!?」 慌ててレニを抱きとめ、地面に腰を下ろさせる。 「どうし・・・っ!?」 問い掛けた言葉が途中で途切れた。 顔をしかめるレニの額から、赤い血が流れ出ていた。それは頬を伝い、静かに戦闘服に染み込んでいく。抱きとめる時に触れたのか、マリアの指先にも、生暖かい感触のそれがついていた。 「大丈夫、レニ!?」 「・・・平気。たいしたことない。ごめん・・・心配かけて」 「そんなこといいわ。それより、傷を見せて」 髪をかきあげて見ると、髪の付け根辺りが切れているのが見える。傷自体は大したことはないようだが、出血が酷かった。 「帰ってから、かえでさんにしっかり消毒してもらわないと・・・」 持っていたハンカチと包帯で止血をし、応急処置を取る。ぎゅっと包帯が巻かれた時、痛みにレニは小さくうめいた。 「少し、無理をしすぎよ。自分のことも考えて」 「ごめん・・・でも、守りたかったから。マリアのこと・・・」 「え?」 思わず手を止めて、レニの青い瞳を覗き込む。レニは、ただじっとその瞳を見つめ返す。 「今、ボク以外に誰もマリアを守る人がいなかった。だから、守りたかった。隊長が、ボクを守ってくれたように」 「レニ・・・」 「絶対に、失いたくない。初めて、そう思える仲間に出会えたんだ。だから・・・守りたかった」 マリアは、レニを強く抱きしめた。レニは、されるがまま、おとなしく腕の中におさまっている。 「守れて・・・よかった・・・」 心底ほっとしたような声に、マリアは目頭が熱くなった。 「私だって・・・貴女を失いたくなんかない。花組の誰一人として、失いたくはない。だから・・・そんな無茶をしないで、レニ」 レニからの返答はなく、ただ微かに頭が揺れた。 「隊長が帰ってきた時、貴女がいなかったら、きっと隊長は悲しむわ。それに、もうすぐ隊長に会いにいけるじゃない。会いたいでしょう?隊長に」 「・・・会いたい。どうしてだかわからないけど・・・会いたい、隊長に」 「それなら、もう無茶をしてはダメよ。隊長に会いにいけなくなるし・・・下手をすれば、二度と会えないかもしれないのよ」 「・・・わかった」 レニの答えを聞いて、マリアはようやくレニを離した。そして、レニの髪にそっと唇を寄せる。 「まだ、お礼言ってなかったわね。ありがとう、レニ。それから・・・今度は、私が貴女を守るわ」 「・・・うん」 そこへ、遠くから自分たちを呼ぶカンナの声が聞こえてきた。 「それじゃ、いつものやつ、いこうぜ!」 「今日はみんなで言うでーす!いくですよー?せーのっ!」 『勝利のポーズ、決め!!』 |