俺は朝から落ち着かなかった。 今日は、レニが、ある会社の広告用ポスターの撮影に行っていた。 予定が押すのはよくある事だから、心配するが、気にすることじゃない。 問題は、広告だった。 まだまだ和式の結婚様式が多い帝都で、新しく西洋風の結婚様式を浸透させることを目的としているらしい。 いつも新機軸を打ち出す帝国歌劇団の女優を使いたいというのは、解る。 しかし、何故、レニを指名したのか、というところだ。 相手役が、人気の高い映画俳優で、その男がレニのファンらしいと由里くんから聞いた。 俺は、それが気になってしまうのだが、事務の用事は待ってくれず、もくもくと作業を続けているところへ、 「あの、すみません。大神さんは、いらっしゃいますか?」 写真館で助手をしている青年が、事務所にやってきた。 フラッシュを浴びて、俺は思わず目を閉じた。 「大神さーん」 「す・・・すみません」 俺は何度繰り返しただろう。 相手役がこれなくなったらしく、レニだけの写真を撮ったのだが、ふたりそろった写真もほしいという依頼者の要望のための代役らしい。 俺で、いいのか? はっきり言って、映画俳優になんて、かなうはずない。 「いいのよ。男は顔じゃないでしょ。大神さん、いい体格してるじゃない。モギリにしておくにはもったいないぐらい」 帝都でも、まだ少ない女性カメラマンとしてやっている人は、状況を楽しんでいるような笑みを浮かべながら強い調子で言った。 「そんなに、カメラを意識しないで」 隣で、ウェディングドレスを着たレニが、淡々と言葉をつむぐ。 「あ、だって、ほら。俺、撮影、初めてだし。その・・・」 つい、しどろもどろになってしまう。 「ごめん、レニ。気持ち悪くないか?」 「え?!」 「その・・・汗」 さっきから俺とレニは手をつないだままなので、もうびっしょりだった。 レニはやっと意味が判ったようだった。 「いいよ。初めてだから、緊張したんだ。正常な反応だ」 うーん。その緊張だけじゃないんだけど。 涼やかに微笑むレニは、そんなこと、意識していないんだろうな。 「レニさんの言う通りね」 含み笑いをするカメラマンに、レニが焦りの色をあらわにする。 「この服を着るときは、大神さんの横じゃなきゃ笑えない、って言うんだもの。さっきの写真も可愛い微笑が撮れてたけど・・うん。さすがは、完璧主義のレニさんね。ずっといい出来よ」 え・・・?代理じゃなかったのか? 「レニ?」 「ごめんなさい。ボク、ウェディングドレスで、他の男の人と並びたくなくて・・・仕事だって判ってるけど・・・でも、本当に笑えなくて・・・。隊長に、つらい撮影を・・・」 うつむいたまま、言葉を詰まらせながら吐き出すレニ。 ・・・レニは、どうしてこんなに可愛くなってしまったんだろう。 こうして、俺の腕の中で、ずっと独占したい気持ちにかられる。 「いいんだよ。俺だって、レニとこんな風に並べて、すごく嬉んだから」 「本当?隊長?」 顔を上げたレニの瞳に、まだ不安が宿っている。 「ああ」 不安を消してあげたくて、俺は力強く答えた。 その時、パンパンと、手が打ち鳴らされた。 「はい、はい。二人の世界を作るのは、撮影が終わってからよ。仕事をしましょうね」 俺とレニは真っ赤になった。 結局、広告には知名度の高い映画俳優との写真が使われることになったと聞いた。 ほっとしたのも、ちょっとがっかりしたのも、正直な心情だった。 しかし、後日、俺たちの写真は、撮影をしてくれた写真館の店頭で街の人の目にふれることとなった。広告と同じ構図、同じ新婦、幸せそうに微笑むふたり。 ただ、広告と違うのは、 真っ赤な顔の、新郎と新婦。 新婦の瞳から、今にもこぼれそうな涙。 ・・・いつかは、本当にこんな日が来るといいな。 と、思うのだが、現実の関係は、ギクシャクしてしまって、ため息の多いものだった。 |