『 かき氷 』



夏が終わる。

シャリシャリ
軽い音を立てて、器に氷の山ができていく。
その上に、着色料たっぷりの砂糖水。
「お待ちどうさま」
「ありがとう」
おじさんから器を受け取り、その手に代金を渡そうとしたその時、
「いいよ、俺が出す」
隊長の手が、先に代金を渡してしまった。
「隊長、これはボクが食べる分だよ」
だから、ボクが支払う。
そう言っているのに、隊長はアイスバーに集中しているふりをしてボクを無視する。
「隊長」
少し腹が立って、きつく呼んだ。
「お嬢ちゃん、おごってもらいな。彼氏だってそうしたいんだから」
おじさんの言葉に、ボクは呆然とさせられた。
「違う。隊長は上司で、彼氏なんかじゃ・・・」
「そんなこと言ってると、彼氏が傷つくよ」
ボクは隊長を振り返ったが、隊長は背中を向けていて解からなかった。
「違う、よ。今日だって、本当は、みんなと来るはずだったんだ。だけど、みんな、都合が悪くなって・・・」
「甘いね。お嬢ちゃん」
おじさんは人差し指を振りながら、舌を鳴らした。
「おかしいじゃないか。みんなが同じように来れないなんて。おじさんの見立てじゃ、それはお嬢ちゃんと彼氏にデートさせるためだったんじゃないかい」
え・・・。
ボクは自分が真っ赤になってしまったのがわかった。
だって、今日でカキ氷が終わるから食べおさめをしたいってアイリスが言い出して、みんなが行こうって賛成して、「レニも行くよね?お兄ちゃんも誘おう」って・・・。
でも、デート・・・。
「お嬢ちゃん、せっかくの氷が溶けちまうよ」
あ。
「今日は熱すぎるみたいだなぁ。・・・氷がよく売れそうだ」
「あ、ありがとうございます」
そうだ。
いつまでも店の前に突っ立っていたら営業妨害になってしまう。
ボクは隊長のところまで小走りで向かった。
「ごめん、隊長」
隊長、なんだか不機嫌そう?
「待たせるつもりなかったんだ。あのね、氷屋のおじさんが変なこと言うから、ボク、否定してて・・・」
顔がこわばった。
何か気に触ること言っちゃったかな?
「隊長のこと、ボクの彼氏だなんて誤解してるから・・・」
「聞こえていたから、いいよ。レニ」
隊長がやっと笑ってくれた。
でも・・・無理してる?
「隊長。ボク、変なこと言った?」
「レニの気持ちは、レニのものだし。仕方ないよ。でも、直接言われるのは、こたえるから」
「隊長は答える、と言いながら、ボクの質問に適切な回答を提示していない。仕方ない、で片付けないで。何がおかしかった?」
隊長は空を見上げて、長く息を吐いた。
隊長は言葉を選んでいるのか、なかなか答えてくれない。
ボクは待った。
不意に、隊長がボクを見た。
真剣な瞳で。
何を言われても大丈夫。
隊長がどんなきつい言葉を言ったとしても、ボクの為に言ってくれるのだから。
「それは俺が・・・」
「あっ」
ボクは短くつぶやいた。
「どうしたんだ?・・・あ・・・」
氷の山が液体になって、ボクの手を伝って地面に落ちていたのだった。
「溶けちゃった・・・」
おじさんに忠告されてたのに。
「・・・残念だったな、レニ」
「せっかく、隊長が買ってくれたのに」
「え?」
隊長がボクを覗き込んだ。
ちょっとびっくりした顔で。
「ボク、こぼれないうちに飲んじゃうよ」
隊長がどんな顔でも、ここまで近くにあると恥ずかしい。
顔のほてりを冷ますために、砂糖水になってしまった氷を飲んだのだ。
「そんなにおいしかったのかい?」
一気に飲み干したボクに、隊長が言った。
どう返事をしたらいいか解からなかった。
「じゃあ、来年もカキ氷をおごるよ」
「隊長の財布が軽くなっちゃうよ」
ボクは本気で心配だった。
夏の盛りにみんなで来たとき、隊長の散財ぶりを目の当たりにしていたから。
だから・・・それなのに。
「そのときも、レニとふたりで来ようかな」
そんなこと言うから。
「隊長。部下をひいきするのはよくない」
「部下として誘っているんじゃないよ。ひとりの女の子として誘っているんだけれどな」
どちらもボクには違いない。人間の一部だけを誘うなんて、詭弁だよ。
そう提言しなければいけないのに。
隊長の笑顔を見ていたら言えなかった。
いつもよりまぶしいそれは、ボクの心を暖かくした。
約束、だよ。
来年、ボクを誘ってね。
来年も・・・ボクの傍にいてね。

季節の終わりは、新しい季節の始まりだった。



■高槻裕様■大レニ■2005/09■残暑見舞い
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