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「ふ〜・・・おいしかったねぇ、レーニ♪」 「・・・ちょっと、甘かったかな」 「え〜?レニの、アイリスが食べてたのより、ずっと甘くなかったよぉ?」 「・・・もう少し、控えてもいい。糖分の摂取は、それ程必要ではないから」 食堂でおやつのあんみつを食べ終わったアイリスとレニの二人は、そんなことを言いながらロビーを歩いていた。 「レニって、甘いもの嫌い?」 「そういうわけじゃないけど・・・」 嫌いというより、苦手なだけなのだ。そういったものを、あまり食べたことがないから。 「あ!」 突然、アイリスが立ち止まった。「?」と立ち止まるレニは、アイリスの視線を追った。 ドキン・・・ 視線の先に大神の姿を見つけて、レニの心臓が高鳴る。 「お兄ちゃん・・・何してるんだろ?」 箒を片手に、腰をとんとんと叩いて天井を仰いでいる。どうやら、掃除をしていたらしい。帝劇のロビーは結構広いから、掃き掃除だけでも大変なのだろう。 「なんだかたいへんそうだね」 「うん・・・手伝おうかな。別に、この後用事はないし」 「あ、アイリスもー!」 と手を上げかけて、はた、と気づく。そのまま、「いい事思いついちゃった」と心の中で呟き、くすっと笑う。 「?アイリス??」 気づいたレニが、不思議そうな顔してる。 「ねえ、お兄ちゃん驚かせちゃおうよ」 「え?」 「そぉっと近づいて、後ろからお兄ちゃんをわっ!て驚かすの。びっくりするよぉ」 「・・・なんで、そんなことする必要があるの?」 心底わからない、という顔をするレニに、アイリスは「いいから」と笑う。 「レニは、そぉっとお兄ちゃんに近づいてね?アイリスは、その後ろからついてくから」 「・・・了解」 仕方ないなぁという顔で、レニは頷いた。 大神は、相変わらずレニやアイリスに背を向けて箒で床を掃いている。まだ、こちらには気づいていないようだ。 (・・・それじゃ、いくよ?) (了解) テレパシーで話し掛けてきたアイリスに、レニは心の中でそう返した。 何も、テレパシーまで使わなくても・・・と思った瞬間、 「わっ!」 「え!?」 アイリスが、突然大神に抱きついた。レニの体ごと。 もちろん、突然のことに、レニも大神も何が起こったのかわからない。 「ア、アイリス!?」 「えへへ〜やっほー、お兄ちゃん」 「何して・・・って、レニ!?」 慌てて振り返った大神が、アイリスと自分にはさまれて、大神に抱きつく格好になったレニに気づく。 「あのね、レニが、お兄ちゃんのお手伝いしてくれるって♪」 「え、え?」 「アイリス・・・!」 はめられた・・・と気づいた時にはもう遅い。首だけひねってアイリスを見ると、アイリスはぱちんっとウインクして、「ごめんね?」と小さく謝ってきた。 「アイリス、これからマリアにしゅくだいみてもらうんだ。だから、お兄ちゃんは、レニと二人っきりでそうじがんばってね」 「え!?」 言うが早いが、アイリスは超能力を使って瞬間移動し、いなくなってしまった。後には、背中に抱きついたままのレニと、固まっている大神が取り残される。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 二人とも、何も言わない。大神としては、どう声をかけていいかわからないし、レニにしてみれば、恥ずかしくて離れたい気持ちともっとこうしていたいという気持ちが混ざって、体を離すきっかけを失っていた。 「・・・あ、あのさ、レニ」 「あ、あの・・・ごめんなさい!」 慌てて離れようとするレニに、待ったをかける。 「レニがよければ・・・もうちょっとだけそのままでいてくれると嬉しいんだけど・・・」 「え?」 「いや・・・あんまり、レニからそうやって抱きついてくれることないから・・・ちょっと、嬉しかったんだ」 かぁっと顔を赤くするレニに、大神も言っている内容に今更ながら顔を赤くする。 「・・・ダメ、かな?」 「・・・・・・・」 レニは、答えない。答えられない。「顔から火が出るほど恥ずかしい」という言葉を、レニは身をもって思い知った。 「あ・・・嫌なら、離れていいよ?」 あまりに長い時間固まってしまっているレニに、大神は少し慌てた。けれど、レニは体を離すことはせず、代わりに腕を腰にまわして、きゅっと大神のベストを握った。 「・・・ちょっとだけ、でいいなら・・・」 聞き取れるか否かというほど小さな声で呟いて、レニは額を押し付けた。恥ずかしくて、顔なんか上げられない。 大神は、小さく「ありがとう」と呟いて、まわされた小さな手をそっと包んだ。 (隊長の背中・・・広いんだ) 初めて感じる大神の背の広さ。見た目はどちらかというと華奢な体をしているのに、いざというときはとても広く、逞しく見える背中。 (いつも、この背中の後をついてきた。これからも・・・ずっと・・・) 目を閉じ、心の中で誓う。自分は、これからもこの人について行くのだ。そして、いつかは・・・ 「隊長・・・もう、いい?」 「あ、ああ。ごめんな?変なこと頼んで」 「ううん」 ぱっと離れて、そのまま顔を見ないで話す。とてもじゃないが、お互いまともに顔を見れない。 「あ、あの・・・掃除、ボクも手伝うよ。この広いロビー、一人じゃ大変でしょう?」 「ああ・・・助かるよ、レニ」 「じゃ、じゃあ、箒持ってくるから、まってて」 駆けて行くレニの背中を見送って、大神はふと、自分の手を眺めた。柔らかくて、小さな手の感触にぼ〜っとしていた大神は、はっとしてぶんぶんと頭を振った。 「しっかりしろ・・・大神一郎!」 ぱんっと軽く頬を叩くと、ちょうどレニが戻ってきた。 「お待たせ」 「それじゃ、よろしく頼むよ、レニ」 「了解」 お互い笑顔で顔を見合わせ、それぞれ掃除に取り掛かる。それから程なくして、ロビーの掃除は完了した。 「ありがとう、レニ。おかげで助かったよ」 「どういたしまして」 箒を片付けて、大神は少し迷ってから切り出した。 「レニのおかげで早く終わったから、お礼に何かおごるからさ、ちょっとでかけないか?」 「え?」 「銀座の少し裏に入った道に、いい雰囲気の甘味所があるんだ。一度、レニといってみたかったんだけど・・・どうかな?」 レニは、少し考えてから、 「・・・うん、いいよ」 「よかった。それじゃあ、行こう」 「・・・うん」 二人、自然に手を繋ぎ、帝劇を出て行った。 後日、前よりも甘いあんみつを食べるようになったレニに、アイリスは首を傾げるのだった。 |